空飛ぶ船は癒し舟

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空飛ぶ船は癒し舟

雨ニモ風ニモ雪ニモ夏ノ暑サニモマケルケド笑顔は忘れず雑草のごとく強くはびこる

バリ島ウブド記~セブンアローズⅠを読んで

 ウブドでの研修から帰ってきた後、『セブン・アローズⅠ』を読んだ。

聖なる輪の教え (セブン・アローズ)

聖なる輪の教え (セブン・アローズ)

 

年とったネズミ 

 この本に書かれているねずみの物語を読んで、研修での様々な場面が蘇ってきた。

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 この物語のねずみに比べると、私の体験はとてもささやかだ。だが、あえてねずみの物語を参考にして自分の体験を振り返ってみると、今回の研修で得たものがより一層大切なものに感じた。

 

この探求の旅をする時、人は必ず<年とったネズミ>たちに出会う。

  (ヘェメヨースツストーム『セブン・アローズⅠ聖なる輪の教え』阿部珠理 訳,地湧社)

 

 海外研修に行くかどうかの選択肢が現れた時、嬉しかった反面、恐れもとても大きかった。私の中の<年とったネズミ>は、恐れに基づいて意見する。チャレンジすることに反対し、私を安住の地に押しとどめようとする。成長をこばみ、今のままでいさせようとする。この物語に書かれているのと全く同じだ。

 

 <年とったネズミ>は自分の外側にもいるが、内側にもいると思う。そして内側にいる<年とったネズミ>が一番強敵かもしれない。 

 

聖なる輪

 自分が何者なのか?探求の旅には期待と不安が付き物だ。自分を知るためには、まず鏡に映る自分の姿を覗かなくてはならない。鏡は求める人のためにいつでもそこにあるという。

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By John and Karen Hollingsworth - US Fish and Wildlife service, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=564870

聖なる輪は、すべてのものを映し出す鏡と考えればよいだろう。

(ヘェメヨースツストーム『セブン・アローズⅠ聖なる輪の教え』阿部珠理 訳,地湧社)

 

 物語の中で、ネズミは聖なる河を訪れ、そこに移った自分の姿を見る。 

 研修の中で私はこのネズミのように聖なる河へ行けたのだろうか?そこに映る自分の姿をちゃんと見れたのだろうか?

 

 ちゃんと見れたかどうかはともかく、自分の姿を映し出す出来事や、成長を助けてくれる助言が必ずあったということだけは確かだ。そのことに心から感謝したいと思う。また、アートセラピーのクラスで自己のマンダラを描く作業は、河に映る姿を覗き込むようであった。ここでの体験がまた次へとつながっていくのだと思う。

 

恐れ

 ネズミの目から見ると、空に浮かぶ点々はみんなワシに見えてしまうのだという。

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 彼らの持つ恐れのため、点は必ずワシに見えてくるのだ

(ヘェメヨースツストーム『セブン・アローズⅠ聖なる輪の教え』阿部珠理 訳,地湧社)

 

 恐れというと、モンキーフォレストでの体験が最も印象深い。ただバナナをあげるだけなんだけどね。私の持っているバナナ目掛けて猿が向かってくるとすごく焦った(;゙゚'ω゚')。猿との触れ合いを楽しみにしていただけに、自分の反応は予想外。空の点がみんなワシに見えてしまうネズミと一緒だな。

 

 後のクラスで、恐れや投影について先生が詳しく教えてくれた。そこで学んだことを基に私は自分の中にある恐れと向き合ってみた。そのまま蓋をして見なかったことにしようとしていた自分にも気付くことが出来た(モンキーフォレスト楽しかった~♪で済まそうとしていたな、完全に)。

 

 恐れを手放していくことって聖なる河を覗く感じかもしれない。

 

アートセラピー

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By Gorgo - Photo taken by author, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=334627

それじゃあ、かがめるだけ低くかがんで、跳べるだけ高く跳んでごらん。君の聖なるものが見つかるよ。

(ヘェメヨースツストーム『セブン・アローズⅠ聖なる輪の教え』阿部珠理 訳,地湧社)

 

 自己のマンダラ、、、何を描こうか?始めのうちは何も浮かばなかったけど、私は恐れを象徴するものを描くことにした。おもしろいことに描き始めるとどんどん表現が変わっていった。

 

 最初は凶暴で攻撃的な姿だったのに、次第に美しい装飾のようになり、誇り高く生きることの象徴のようにも思えてきた。恐れによって見えなくなっていた別の面が見えてきたのかもしれない。アートセラピーっておもしろいな。万華鏡みたいに変化して驚きに満ちている!

 

  マンダラを描く作業はとても個人的なワークだったけど、でも全く一人で描きあげたんじゃない。そういう場を与えてくれて教え導いてくれる先生がいて、経験をシェアしてくれる先輩がいて、励まし刺激しあう仲間がいて、いろんな経験をさせてもらって、いろんな話を聴かせてもらって、そういういろんな力に支えられた時間だったなと思う。

 

 中でも思い出深いのは、先輩が折に触れて語ってくれたいろいろな話。今思うと、あれってもしかして聖なる河への道案内だったんじゃないだろうか。

 

だけど確かにそこにあるささやかな光

 研修最後の夜、あっという間に消えちゃったけど1匹だけ蛍の光を見た。自分の魂のかすかな声を聴いて探求の旅に出るって、あんなささやかで儚げな光を追い求めるようなものかもしれない。


スピッツ / ホタル

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