【グリホサート25】~残留基準値の変遷と指摘される問題
前回のつづき。
「 健康リスク管理のための世界的農薬基準値の検討:レビュー」の4章5節 「農産物において広く使われている農薬の推定暴露量の分析」の結果を見ていて、グリホサートのADI値が0.1mg/kg/dayに設定されているのはなぜだろう?と気になり調べてみた。
グリホサートの残留基準は、世界各国でさまざまだ。
代表的な値として農薬評価書グリホサート(食品安全委員会2016年7月)で紹介されているのは0.5、1.0、1.75(mg/kg/day)などである。
・日本 1(2016年)
・JMPR(合同残留農薬専門家会議)1(2004 年)
・EFSA(欧州食品安全機関) 0.5 (2015 年)
・USEPA(アメリカ合衆国環境保護庁)1.75(2002 年)
他にもあるかしら?と色々ググってみてもなかなか0.1という基準値は見当たらない。
しかしさらにしつこく調べてみると、米国EPA(アメリカ合衆国環境保護庁)が1986年に発表したグリホサートに関する農薬レポートに0.1mg/kg/dayというADI値が見つかった。当時米国のADIは0.1mg/kg/dayだったのだ!
今とは雲泥の差。
現在の米国の基準値は
その昔には0.1mg/kg/dayだった米国だが、今現在はどうだろう?
Federal Register :: Glyphosate; Pesticide Tolerance(2000年9月)によると、
NOAEL(無毒性量) = 175 mg/kg/day
Chronic RfD(ADIとほぼ同等の意味) = 2.0 mg/kg/day
ということになっている。
※国によってRfD(参照用量:reference dose)や、ADI(1日摂取許容量)という用語が使われている。これらは基本的に同じものを表している。 両者とも、一生涯、毎日暴露を受けても健康への悪影響がないと推測される摂取量のこと。
グリホサートADIの変遷
0.1から2.0へ緩和されているだけでもすごいなと思ったのだが、色々調べているうちにさらなる変遷があったことが分かった。
グリホサートRfD(ADIとほぼ同等の意味)の変遷(米国EPA)
米国におけるグリホサートの残留基準値は、以下のように移り変わっている。
0.05mg/kg/day(1979年)
↓
0.1 mg/kg/day
↓
1.0 mg/kg/day(1982年)
↓
2.0 mg/kg/day(1998年頃)
グリホサートの基準値は厳しくなるどころかどんどん緩和されている。
それにしても0.1よりも厳しい時期があったことに驚き。
実質2倍以上の緩和
基準値の変遷を見ていると、おいおい本当に大丈夫なのか?と勘ぐりたくなるが、私のような素人では真偽のほどは見抜けない。だが基準値の変遷は見た目ほど単純ではないことが分かった。
1994年まではグリホサートとAMPA(グリホサートの代謝産物)の合算だった。
しかし1994年3月~残留物の計算にAMPAは含まないことになった。
つまりこういうこと↓
規制対象が変わったから
1.0(1982年)→2.0(1998年頃~現在)というのは数値的には単に倍になったように見える。
だが規制対象が変わっているので(AMPAが抜けた)、実際はグリホサートが倍以上緩和されたということになる。
AMPAは毒性が低いから無視してOK!ってことらしい。
まぁグリホサートだって毒性試験の結果なんだからとやかくいっても仕方あるまい。
しかし農薬の問題はそれほど単純じゃない。
そこが悩ましい!!
まだ未知のリスクが残っている
グリホサートも毒性が低いし、AMPAはさらに毒性が低いから無視してOK~!
ってのが現時点での公のリスク評価なんだけれども、その一方で色々な議論が鳴り止まないのも事実。
それを大きく2つに分けると、
①現行の毒性学に基づいて判断している派と、
②現行の毒性学では把握できないリスクを指摘している派に分けられると思う。
公の見解は①派だな。
研究者は①と②の両派がいて、賛否両論、議論は鳴り止まない。
私は②の意見に非常に興味がある派。
私たちの腸内お花畑の件だってあるしね!
いろんな議論があるんだけど、例えばその中からいくつか。
●生態系に及ぼす影響も指摘されている。
•GBH(グリホサートベースの除草剤)は、植物プランクトン群集の構造と機能を改変することができる。
•生理学的影響は、カナダ標準よりもはるかに低い濃度で起こる。
•シキメート含量は、植物プランクトンにおけるGBH暴露の指標として使用することができる。
●従来の毒性試験では発見できない影響が各方面から報告されているので、これまでとは異なった視点や手法でさらなる研究が必要という指摘。
•グリホサートとその分解生成物AMPAは、環境中に蓄積している。
•近年、動物やヒトに対する低用量の慢性的な影響が報告されている。
•土壌、植物および動物の腸内の微生物群集組成の変化。
•グリホサートおよび抗生物質耐性は真菌および細菌において並行して生じている。
•グリホサートは、抗生物質耐性の要因の1つとなり得る。
Environmental and health effects of the herbicide glyphosate - ScienceDirectより
●農薬は有効成分(グリホサート)とその他の成分(界面活性剤、消泡剤、染料など)からなる。有効成分がその他の成分(アジュバント)と合わさった時に毒性が強くなったり、アジュバント自体に毒性があったりするが、現在の農薬の健康リスク評価は主に有効成分(グリホサート)のみに焦点を当てているため、健康に悪影響があるにも関わらず見逃されているリスクがあるという指摘。
私たちも専門家の意見を聞くときは、有効成分のみに焦点を当てている話なのか、アジュバントの毒性を指摘しているのか見分ける必要があるね。同じグリホサート系の除草剤でも含まれるアジュバントの違いによってヒト細胞に対しての毒性が100倍も違うことがあるそうだよ。しかも消費者はそれを知ることなく購入しているのが現状。
●ラウンドアップ除草剤とGM作物の長期毒性に関して。現状の検査方法では発見できない潜在的なリスクを測定するために少なくとも2年間の長期実験が必要という指摘。
・モンサントが行った90日間の摂食試験(ラット)で、臓器毒性の初期兆候が発見されたが生物学的に重要ではないと結論。
・モンサントの90日間の試験のフォローアップとして同様の試験を2年間行った。
・深刻な病気に発展した。
・GM食品および市販製剤の完全な安全性の評価には長期(2年間)の摂食試験を実施する必要がある。
脳の神経系にも影響があるんじゃないかという指摘。
•グリホサート経口曝露は、ラットにおいて神経毒性を引き起こした。
•脳領域は、CNSモノアミンレベルの変化に感受性があった。
•グリホサートは、脳の局所的および用量関連の様式で5-HT、DA、NEレベルを減少させた。
•グリホサートは、セロトニン作動性、ドーパミン作動性およびノルアドレナリン作動系を変化させた。
Neurotransmitter changes in rat brain regions following glyphosate exposure - ScienceDirectより
まぁ、いろいろありすぎて、全部把握できないんだけども、とにかく従来の毒性学に基づいた判断だけでは、本当に安全かどうかは確かめきれないという意見には賛成だ。
米国EPAが残留農薬の基準値からAMPAを省いたのは、従来の毒性学に基づいた判断。
だからと言って完全に安全が保障されたとは言えない。
だってアジュバントが野放しだもの。
それに近年、動物やヒトに対する低用量で慢性的な暴露による影響が報告されているから、従来の毒性学によるリスク評価以外にも基準が必要そうだね。
まとめ
・グリホサートのみ(有効成分のみ)では完全なリスク評価にならない
・アジュバント(その他の成分)の毒性も農薬の評価に入れるべき
・人間だけじゃなくその他の生物や生態系への影響も配慮した評価が必要
・従来の毒性学では問題ないとされた低濃度の量でも慢性的な暴露があった場合、動物やヒトへの悪影響が報告されているので、学際的な研究が必要とされている。
という訳でグリホサート問題に終止符が打たれるのはもう少し先のことになりそうだ。
日夜努力されている研究者さんたちに感謝したい。